セツ・モードセミナーの思い出

「セツ・モードセミナー閉校を見送る展覧会」に参加しています。gallery ゑいじう(4/23まで)
以前通っていたセツ・モードセミナーが4月で閉校ということで、その頃の思い出など書いてみました。

授業料の安さからセツを選ぶ。本当は桑沢に行きたかった。
その頃好きだったペーター佐藤さんの出身校というのもあった。

入学試験は抽選。暗い中、絵を描くのが嫌だったので昼間部に応募、一回目で当選。
最初の自由課題で、キース・リチャーズの似顔絵を持ってくも、これは違うよと言われて落ち込む。
ユニセックスな校風にまったく馴染めず、すぐに行かなくなる。バイトの方が楽しかった。
また絵を描きたくなって1年ほどして復学。相変わらず友達が出来ず、もくもくと絵を描く日々。
孤独だったけど、デッサンの授業は好きで楽しかった。一方、水彩の授業は苦戦する。

課題に出されて渋々、ガラガラ(キャリーコート)を引いて外で絵を描く。
はじめて描いたのは公園の桜。子供がわらわら集まってきて困った。

1年程してようやくセツ風の絵を描き始める。少しずついい評価をもらえるようになる。
先生やMさん(後のセツ講師)、Iくん(後の講談社さしえ賞)と話してもらえるようになり、
学校の居心地が少しよくなる。コーヒーが美味しかった。

本科の2年が終わって研究科へ進む。授業料がものすごく安くなって助かった。
写生に行くことも増える。絵がどんどん変わっていって、自分なりに上達していくのを感じた。
佐伯祐三、長谷川利行、モディリアーニ、マチス、ド・スタール、好きな画家もどんどん変わっていった。
絵の具まみれで絵を描くことで、制作を楽しめるようになった。

なんだかんだ4年くらい通ったと思う。
大原の写生会で賞をもらったのと、学校で展覧会のポストカードになったのが一番の功績。
特待生のセツ・ゲリラには、ついになれなかった。
だんだんイラストレーションっぽい絵を目指すようになって、僕のセツ通いは終わった。

セツ先生の印象はスマートな人。自由と上品さ、そして強さと知恵があった。
同じ空間、同じモデルで絵を描けたことは貴重な経験。ファッション画が神業的にうまかった。

いつだったか水彩画の講評の授業。
夕暮れの風景を追いかけながら描いた失敗作を壁に貼ってたら、
「うん、これなんかぐちゃぐちゃだけど、よくなってきてるぞ!」とおっしゃった。
絵だけじゃなくて、作者の心の読み取るような不思議な力を持っていたように思う。

たまたま入った学校だったけど、セツで学べて本当によかった。